平成232月度月例登行計画書 <伯耆大山>

月例担当 城代 剛

1.入山日程

山域:鳥取県 伯耆大山

日程:平成23210() ~ 13()

参加者 下關山岳會7名と長崎山岳会11名合同隊
      A隊  CL:城代 SL:原田俊 記録:木村正  下松八重他3名
      B隊  CL:井上 SL・装備:宮元 記録・食糧:市橋  会計:植村 長崎山岳会7名
行動記録
日程 行動
2/10() 19:30小月ホンダ発 →小月IC →鹿野IC(城代)→米子(NAC:吹野氏宅)
2/11( A,B: → 槙原P → 大山寺 (情報館に集合)→ 川床 → 大休小屋
2/12()

A: → 大休小屋 → 野田ヶ山 → 振子山 → 川床 B隊と合流
B: → 野田ヶ山 → 大休小屋 → 川床 → 大山寺 → シャトルバスにて吹野邸泊

2/13() 吹野邸 → 出雲 → 中国道通行止めに会い9号線にて → 城代家 → 美東SA → 2号線 → 小月
2月10日(木)小雨~雪 小月にて参加者5名19時30分集合~美東SAにて木村正乗車~鹿野ICにて城代乗車、ここで参加者全員集合する。
        鹿野IC~庄原IC~183号線~180号線~181号線出雲街道~53号線=吹野邸へ0時30分着。
        長崎山岳会9名は16時に出発し、雪道を避けて、山陽道~米子道を利用し吹野邸には0時頃到着。
        先着の下さんとジュンさんが迎えてくれる。寝袋のみ持ち込み1時就寝。
2月11日(金)雪  6時起床。朝食は吹野さん担当で、
        ご飯(自家製自然農法無農薬米)と具だくさんの味噌汁野沢菜のつけもの、昆布、納豆等非常に美味しかった。
        お米がとっても美味しいのでおかわりをしていた。

        7時30分には全員吹野邸を出発。
        槇原Pよりシャトルバスにて大山寺へ。
        登山届を交番に提出。情報として、8合尾根に亀裂が入り雪崩の危険があり元谷には入山禁止。
        登山出来るルートは夏道のみとある。
        前もって登山届を出したパーティーは悪天と雪崩の恐れにより登山は許可出来ないと言われたそうだ。
        今年の積雪は近年見たことも無い大雪だった。
        スキー場への街並みでは2m50㎝位の積雪だろうか、
        軒下辺りの雪から玄関を掘り出された建物が続いていた。

        8時過ぎに出発。スキー場を通過、国際スキー場をトラバースしてからワカンを装着して川床へ。
        林道川床Pの標識手前50mから、橋に向けて降りる。

9:47 橋を渡る                        9:48 登りにかかる        
川床の橋を渡る 橋の上の積雪は1m50㎝位だろうか?             橋を渡ると急登が・・・・。ここが一番きついのでは
山ひだを大休峠の小屋に向けて進む。ラッセルは男性が中心にやり、登山道を踏み固め作りながらゆっくり登る。

11:06 尾根を行く                        12:44斜面
尾根沿いは雪が締り歩きやすい所もあるが斜面になるとかなり雪深い。樹氷の世界となる! 気温はマイナス何度位だろうか?
人工的なカラフルなヤッケの色が私たち人間の温もりを感じさせてくれる。・・・なんか変?

樹林:14:22
ラッセルに手間取り、当初は野田ヶ山へ直登の尾根を登り、途中で幕営の予定だったが、急斜面の尾根では幕営スペースを作りにくいという事で
大休小屋へ目的地を変更。
城代さんが大休小屋まであと700m辺りからリュックを置き、トレースを小屋の手前50m位まで付けてくれたので思ったよりは早く小屋へ到着出来た。
    大休小屋着14時51分。      14時59分小屋の入口は雪に覆われ、除雪を三田さん・窪田さんが、玄関掘り出しに俊さんが頑張った。
    とりあえず、皆、西側の窓の除雪をして小屋へ入る。
    全員入室し、テントマットを引きつめ、コンロを炊くと部屋中暖かくなる、床に落ちていた雪も解け、暖かい部屋となる。
    少し早いが、行動食もまともに食べていなかったのでお腹が空いているのに気づく、
    早速水作りから始め、夕食の準備に取り掛かり、3本のビールで乾杯をする。(焼酎は沢山あるのだが・・・・)
    今夜のメニューはご飯とすき焼き、A隊B隊一緒の食事となる。
    食後は両山岳會の自己紹介をし懇親会となる。就寝は20時とし、明日は4時起き、6時出発とする。
2月12日(土)風と雪 4時起床。 朝食:卵雑炊。
     尾根はもっと風が吹いているだろう!・…と思いながらワカンを履き準備をする。
     B隊は小屋に荷物はデッポし、日帰り装備のみザックに入れ、A隊はユートピアへと縦走予定なので、すべての装備をザックへ詰める。
     6時まだ暗くヘッドランプが必要。スノーシューの井上さんがトップで行く、風は吹いているが冬なら想定内だ。
     小屋周辺は小枝が邪魔になるくらいの木々だが、段々大木になる。そのころには足元も明るくなり、風も強く感じる様になる。
     尾根の斜面を蛇行しながらラッセルする。斜面が急になり空が開けてくると野田ヶ山山頂だ。
     樹氷は一段と重く木々に凍着いている。
     7時30分着。
     尾根の様な頂上。7時48分ここで全員の記念撮影。 
野田ヶ山より、振子ヶ山方面の尾根↑7時31分               7時48分頂上にて記念撮影。↑下から上に向けて撮影。少しの斜面で風無し。
今にも雪崩そうな尾根、天気を考慮して、A隊は時間を決め、行けるとこまで行って、引き返すことにする。
頂上からはA隊とB隊は別れて行動する。

A隊の行動予定は、野田ヶ山を越え 親指ピーク 振子山 ユートピア非難小屋にて二泊目 翌日、天狗ヶ峰 剣ヶ峰 弥山頂上より夏道を下り大山寺へと向かう計画となっています。ここでしばらく時間をさかのぼり余談に入ります

今回の大山はどの様な状況にあったのか。去年の暮れからの異常気象、ゲリラ豪雨ならぬゲリラ豪雪により、局地的に降り続き島根県、鳥取両県は大変記録的な大雪に見舞われ被害は陸上だけに収まらず海上にまで達した。多数の漁船が余りの豪雪の重みに耐え切れず沈没、あるいは転覆の有様は誰しも記憶に新しい事でしょう。一方山の中に入れば どか雪のスキー場で雪崩による死亡事故などが暮れから新年にかけて発生していました。B隊の記録の中に吹野さん宅に泊まったとの報告がありますが、当家に行った際 当時の記録写真が掛かっていましたが、1メートルを越える雪が屋根に車に乗っかっている風景は見ごたえあるものです。この大雪の大山をあえて登ろうとした知人は登山届けをEメールで送ったが為に当警察署より豪雪の為この度の計画は見合わせてくれとの通知を受けた人も居ます。そうした最中のこの三連休も、気象庁の予報では全国的に荒れ模様に成るとの予報が発表されている。腰から胸にかけてのモーレツなラッセルを想像したのは私だけだろうか、どこまで近づけるかが楽しみでもある。逆に言えば目的地点は変更せざるを得なくなったことになる。

 ところが、槙原Pより大山の情報館で出発の準備を終えスキー場を越えこれより先は圧雪もないと言うのに埋まるのはせいぜい膝くらいのもので、風もある内に入らず、雪もちらつく程度である。後日 わかったことであるが今回の荒れ模様の対象は日本海側ではなく関東から大阪に掛けての太平洋側であることが分かった。
 先頭のラッセルは若手グループ数人が繰り返し進むが、どうしても隊列が滞ってしまう。今回大休小屋に早めに到達出来たのは、強力な若手二人が空荷でどんどんトレースを付けて行き、最後尾の三人が自らのザックとその二人分のザックを順ぐりで運んだことで、隊が停滞しなかった為で人数が多ければいろんなやり方も出来るものだと勉強になった。 

B隊と別れ親指ピークを見物する為に登攀道具を身につけザイルを背負っての出発である。そこからは引き返すこととなっているので空荷での快適な雪山遊びとなる。

積雪量に対してそれ程の雪庇は発達していないがなんと言っても痩せ尾根に降り積もった雪の量が半端じゃない。トップの城代君がザイルいっぱいの約45メートルのフィックスを張り、二番手が渡り終えたところでタイムリミットとなり引き返すこととなる。

 丁度その頃、覆っていたガスが流れ始め親指ピークを確認する。時間を掛けてではあるが徐々に輪郭が浮かび上がる。が、なかなかシャッターチャンスが訪れない。しかし、今回の最終目標であったので安心して引き返すことにする。

 野田ヶ山の頂上に帰り着き、元の装備に変更する内、空は青空が現れ、満開の霧氷の華が冬の日差しに輝き、遠く真っ白な三鈷峰が雄大な姿を現しその左手にはユートピア避難小屋が見える。弥山の頂上小屋は屋根の型を残してスッポリト雪に埋まったと聞いていたので、ユートピア小屋もかなりの積雪で埋まりつつあるのではと思っていたが、ここからの角度ではしっかりと雪上に建っている。甲ヶ山より船上山方面も眺望が効き、これよりの帰り道は益々の好天に恵まれるだろうと思ったのは、冬型特有の偽りの晴天であった。大休小屋で休憩し川床への帰路は、風雪を偲んでの帰り道となる。B隊のとレースを忠実に辿り、途中、ルート疑惑も起こりはしたが無事 B隊との合流が出来ました。

B隊は登ったトレースを辿り、小屋へ戻ることにする。相変わらずの風と雪で途中トレースが所々なくなり、トップで下山中の私は20m位尾根を間違えて下り、引き返したのだが真横の斜面が5㎝位の厚さで板状の雪崩があり、ゾクッとする。慎重にコースに戻り全員連なって小屋へ下山。
下山は早いもので1時間弱で小屋に戻る。

8:38小屋へ戻る
小屋に着くとお湯を沸かし温かい飲み物を用意し、行動食を食べる。共同装備や寝袋等の個人装備すべてを其々パッキングし、
用意出来た者から出発する。相変わらず雪が降っている。風は当たらないので助かる。

晴れ間の10:30 甲ヶ山                       10:37 前方の尾根を越えていく予定
10時30分前後空がいきなり晴れ渡り、甲ヶ山がはっきり見える。前方の尾根に上るとよく見えるよ!との掛け声に期待し、足も軽やかになったのだが
空は数分で又曇り空になり、雪がザアーザアー降り出したのだ。(この雪は大山寺まで降り続くことになる。)
前方の尾根に大きなうさぎを発見したが、気づいてくれた人は居なかった。チョット残念。

11:49 1178mピークにて(行きはこのピークをカットしトラバースしていた所)
トレースが消えて、尾根沿いを行くと思わず1178mポイントの標識を見つけ、みんな喜んでいた。コースは確認出来良かった。
登りのトレースは消えていたというより、コースを外していたようだった。しかしGPSが2台あり、心強い。
登りのGPSのトレースを確認しながら歩くのだが
それでも大きく間違ったのは少し残念だった。(この時雑談をしながら歩いていたような気がする)
積雪期のコースは夏道とは違う事は解っているけど、やはり頭の中の潜在意識で行動するような気がした。
後で軌跡を見たら夏道に近づいていた様だ。
前方のメンバーは無事に14時25分川床に到着。

計画は川床でテント泊となっていたので、テン塲を踏み固め準備をしながら体を動かしていた。
私は女性の為に樹林の中に雪を掘って立派なトイレ(自分的には)を造作していた。お陰で体は冷えることなく、皆を待つ事が出来た。
後方の3名は人工的ミスで雪崩を起こし、一人埋まったそうだが、無事に脱出して、追いついてきたA隊と一緒に下山して来た。
全員揃ったのは15時20分だった。

今晩は吹野邸まで帰りたいと要望があり、天気情報は今夜からまた大雪とのこと。
シャトルバス最終が18時。
大山寺まであと1時間30分位、17時には着くだろう。

バスにはまだ間に合うので下山することになった。15時30分出発。
無事大山寺到着。17時30分シャトルバス乗車。槇原Pへ17時45分。吹野邸着18時10分。

長崎山岳会はシャトー尾高の温泉へ。SACは早めに夕食の準備に取り掛かり、台所を開けて待つ。
明日は帰るだけなので23時位まで懇親会を続けて、焼酎が無くなったので就寝とする。

2月13日(日)雪  7時起床予定だったので、SACは30分早めに起きて朝食準備をする。
    8時すぎには吹野家を後にし、高速道路の通行止めを避け、
    出雲経由で9号線をひたすら走り、鹿野ICには峠の雪道を越せず城代さんを自宅へ送り、美東SAには無事行き木村正さんを送り、
    17時に小月に到着。5人で解散。お疲れ様でした。