平成23年7月個人登行
バルトロ氷河トレッキング記

山域:パキスタン,カラコルム山域(バルトロ氷河)

期間:平成23年7月1日〜7月25日

企画:西遊旅行社

参加メンバー:松原,本多氏,林氏,岩井氏,大野氏,武者夫妻,

        片岡氏,藤田氏,市川氏,堤氏(ツアーリーダー)

現地スタッフ:アミン氏(ガイド),イリアス氏(サブガイド),アリ氏(シェフ)

       サキ氏(サブシェフ),フセイン氏(ポーター頭)など

数年前よりK2の雄姿が見たいと思って、WEBで色々調べて西遊旅行社さんのツアーに申し込む。西遊旅行社さんの対応は親切で説明が分かりやすく、不安無く準備をする事が出来た。荷は12kgまではポーターさんが担いで呉れるとの事なので、預ける荷と自分で担ぐ荷に分け,軽量化を図る。(地図1)(地図2)

【7月1日】(晴れ) 成田空港→イスラマバード
成田空港に集合。定刻より早めに空港に行き,ツアーリーダーの堤さんや参加される方々と挨拶をする。成田空港内の免税店でウイスキーとバーボンを買い求め、機内持ち込みのザックに忍ばせる。5時間遅れで成田を飛び立つ。出だしから想定外の出来事に,これから色々なアクシデントが起こりそうな予感が胸をよぎる。後にこの予感は現実のものとなる。北京経由でイスラマバードに到着したのは日付が変わる現地時間の午前3時前であった。(日本との時差は4時間)堤さんの荷物が成田で積み忘れられ,数日遅れで届くことに成る。これが第1のアクシデント。

【7月2日】(晴れ時々曇り) イスラマバード→スカルドゥ

 起床:午前7時 朝食:午前7時30分 出発;午前8時30分ホテルで少し仮眠を取って、国内線でスカルドゥに向かう。スカルドゥまでのジェット機は有視界飛行なため度々欠航となる。この日は幸運にもスカルドゥ空港に到着した。スカルドゥ空港に着陸すると、期せずして機内から大きな拍手と歓声が上がった。昼食後バザールで両替する。1米ドルが約80パキスタンルピーである。1パキスタンルピーが1円なので、わかりやすい。宿泊のコンコルディアモーテルはバザール街から少し離れた所にあり、インダス河岸近くの小高い丘の上にあった。窓からはインダス河や5、000m級の山々が見える。

【7月3日】(晴れ) スカルドゥ滞在

 起床:午前7時 朝食:午前8時 出発;午前9時
この日はカプルー渓谷の観光に出かける。ここでは嘗てこの地方を治めていた王族の居城カプルーフォートを見学する。現在ホテルとして改修中であったが、歴史を感じさせる立派な建築であった。

(写真1:カプルーフォート城)

【7月4日】(晴れ) スカルドゥ滞在

 起床:午前7時 朝食:午前8時 出発;午前9時
高所順応のため4輪駆動車に分乗して、標高約4,000mのデオサイ高原に向かう。高原は標高の割には気温は高い(22℃位)。約1時間位散策する。高山植物が丁度見頃だった。

(写真2:デオサイ高原の高山植物)
(写真3:デオサイ高原の高山植物)(写真4:デオサイ高原の高山植物)

【7月5日】(晴れ時々曇り) スカルドゥ→アスコーレ(標高3,000m)

 起床:午前6時 朝食:午前7時 出発;午前8時 到着:午後4
 4輪駆動車に分乗してアスコーレへ向かう。途中、第2のアクシデントが起こる。市川氏が崖より転落し
(2m位)顔面と両腕を負傷する。特に右眼瞼の傷が深く,
静脈性の出血があり,止血が大変であった。
 顔面や両腕の切傷や擦過傷の応急処置
を行うも,縫合などの処置が必要なため、堤氏とアミン氏が付き添ってスカルドゥの病院へ搬送する。登山教室の救急セットを持参していたが,これが大変役に立った。アスコーレは緑豊かな農村である。だが電気も無く、人々の暮らしは決して豊かとは言えない。大きな村ではないが、子供の数の多さに驚かされる。日本の村では考えられない。今日からテント生活が始まる。

【7月6日】(晴れ)アスコーレ→ジョラ(標高3,350m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午後3時15分Good Morning Sir」の挨拶と
ともに洗面器に注がれた暖かいお湯と,ホットティ
ーをスタッフがテントまで持ってきてくれる。行き届いた心配りが嬉しい。今日からいよいよK2へのトレッキングが始まる。しばらく水量の多いバラルドゥ川沿いを歩くが、アップダウンは少ない。ビフォー氷河が姿を現し,その彼方にペンタバラックとラトックの美しい峰々が見える。気温が高く,藤田氏が熱疲労状態となる。励ましながら何とかジョラに到着する。ジョラは水の豊富なキャンプ地である。バコルダスピーク(Bakhordus peak)が美しい形で迫ってくる。この夜は上弦の月がバコルダスの右上方に上がってきた。就寝前にテントの中から夜空を見上げると,月齢が若いので無数の星が漆黒の虚空に満ちている。素晴らしい天体ショーを見せてくれる月や星たちに感謝,感謝だ。

【7月7日】(晴れ)ジョラ→スカムツォク(標高3,300m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午後1時30分
半日行程で高低差もなく、快適に歩を進める。昼下がり,ポーターさん達が燃料タンクなどを楽器にして歌や踊りに興じていた。我々も踊りに参加する。夕食はソーメンに冷や奴にサラダで,好物な物ばかりでついつい食べ過ぎてしまう。

(写真5:朝日の当たるバコルダスピーク)
(写真6: 歌に興じるポーターさん)

【7月8日】(曇り)スカムツォク→パイユ(標高3,450m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午前11時12分
この日も半日行程で楽なトレッキングであった。昼前にはパイユに到着する。パイユは緑豊かなキャンプサイトである。リリゴピーク(Liligo Peak)の山容が美しい。夕食は味噌汁、山羊の肉ジャガ、カブ田楽、酢の物、和風サラダなどトレッキングの料理とは思えない程の豪華料理であった。夕食後、サポートスタッフとの交歓会が行われた。最初にサポートスタッフの歌や踊りがあり、徐々に雰囲気が盛り上がって行く。宴の最後は我々が考えた相撲のデモンストレーションだ。格闘技なので大いに盛り上がる。しかし、ここで第3のアクシデントが起こる。堤さんとアミンさんの取り組みで、アミンさんが足を滑らせて転倒。右足を負傷してしまった。昼間の練習でアミンさんには「あまり頑張らないように(八百長で)」とアドバイスしていたのだが,歓声で本気モードになり「ガチンコ」になったのだろう。右足関節周囲に圧痛がある。腓骨の遠位端骨折の疑いがあるため、取り敢えずテーピングで足関節を固定し,消炎鎮痛剤を服用させる。足を挙上して,あまり動かさないように指導する。

【7月9日】(曇り)パイユ滞在

 起床:午前6時 朝食:午前7時 
今日は高所順応のため、パイユ滞在。アミンさんの右足が気になる。昨日より痛みの範囲は狭くなったが,軽度の内出血と腫脹がある。骨折の可能性の説明をし,病院を受診した方がいいと話すが,本人はトレッキングを続けたいと譲らない。雲が多いので周辺の山々は見えず、退屈な高所順応であった。この日からパルスオキシメターでSpO2を計ることになる。SpO2:91%〜92%

【7月10日】(曇り時々小雨)パイユ→コボルツェ(標高3,940m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午後2時45分
アミンさんは馬での移動だ。今日も天気が悪く,周囲の山々は見えない。パイユを出発して約2時間歩くと,いよいよバルトロ氷河だ。氷河といっても「氷」の上を歩くわけではない。氷河の表面は石や岩や土が被っているガレ場である。アップダウンが沢山あり,標高差(490m)以上の高度を登ったような気がする。コボルツェに着きアミンさんの右足を診察する。腫脹と痛みは少なくなり杖を使って一人で歩けるようになっていた。夕食はちらし寿司,味噌汁,マトンの照り焼きなどで,食後のデザートのマンゴーが熟れ熟れで大変美味であった。SpO2:85%〜92%。

写真7:バルトロ氷河手前にて)

【7月11日】(曇り後晴れ)コボルツェ→ウルドゥカス(標高4,050m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午前10時20分
半日行程であるが,この日もアップダウンが多い。ウルドゥカスに着く頃には晴れて来て,氷河右岸のグレートタンゴ(Great Trango 6,286m)やカセードラルタワー(Cathedral Towers 5,886m)が間近に迫ってくる。登攀意欲を刺激する岩峰群である。心の中で「あと30才若かったらな〜〜」,「もう少し真面目にクライミングの訓練をしておればな〜〜」と呟く。ウルドゥカスは高山植物の宝庫である。イエローポピー,ブルーポピー,ヤナギランなどの花々が可憐さを競っている。
この日はイスラム教イスマイリー派のお祭りであった。夜の帳が降りて来るとテント近くの岩場に松明を点々と灯し,歌と踊りが始まる。幻想的なお祭りだ。夜半に上腹部の不快感(重苦しさ)を覚える。嘔気・嘔吐はないが厭な予感がする。眠りが浅い。SpO2:88%〜91%。

 
(写真8:グレートトランゴ)(写真9:カセードラルタワーとピアレ)
(写真10:ロブサンスパイアー)(写真11:イエローポピー)
(写真12:ヤナギラン)(写真13:イスマイリー派のお祭り)

【7月12日】(晴れ)ウルドゥカス→ゴレⅡ(標高4,050m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午後15時30分
食欲が無いため,朝食はお粥だけにする。ここで第4のアクシデントが発生する。出発後,下痢となりそれは水様便となる。梅干しと整腸剤を服用するも症状は改善しない。昼食はゴレⅠでマッシャーブルム(Masherbrum 7,821m)を眺めながら摂るがスープだけにする。午後からのトレッキングは悲惨であった。下痢に加えて疲労感が段々と強くなり,歩行のペースが段々と落ち始める。ゴレⅡのキャンプサイトが見える頃にはでは疲労で歩けなくなる。仲間には先に行ってもらい,イリアスさんとゴレⅡに向かってゆっくり歩を進める。彼に荷物を全て持って貰うが,体も足も重たい。ゴレⅡのキャンプサイトに漸く辿り着くと暫くは動けなかった。軽度の熱疲労は幾度も経験しているが,これ程辛い歩行は初めてであった。暫くテントの中で横になっていると嘔気を催して来て,トイレに行くと激しく嘔吐。多量に嘔吐すると妙にスッキリし,不思議と元気になる。嘔吐と下痢は食中毒(昨夜の山羊のribの燻製か?)と思われる。夕食は摂らずに水とポカリスエットを十分に飲む。ポカリスエットが実に美味い!  SpO2:87%

 

(写真14:マッシャーブルム)

【7月13日】(快晴)ゴレⅡ→コンコルディア(標高4,650m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午前11時15分
朝食を摂らずに水とポカリスエットを飲む。体調は少し良くなったが,下痢は続いており,今日の歩行に自信がないため,堤さんと相談して馬に乗ってツアー最終目的地コンコルディアに向かうことにした。幸いにもアミンさんの右足の状態が良く,杖をついて歩けるとの事で,昨日までアミンさんが乗っていた馬(ゴダと言う名前の白馬)に乗せて貰う。生まれて初めての乗馬だが,馬が少し小型なためか恐怖心は全くない。賢い馬で足場の悪い箇所も上手に歩を進めて行く。ゴレⅡを出発して1時間程で怪峰ムスターグタワー(Muztagh Tower 7,273m)がすこしずつ姿を見せ始める。今回のツアーでK2と共に楽しみにしていた山だ。頂上部分は右手を天に向けて広げて,何かを掴もうとする独特の山姿だ。双耳峰のようにも見える。見飽きない山だ。「あ〜〜〜,あと30才若かったらな〜〜」とまたもや呟く。パキスタン軍のキャンプを過ぎる頃ブロードピーク(Broad Peak 8,047m)やガッシャーブルムⅣ峰(Gasherbrum 7,925m)が段々大きく見えてくる。コンコルディアのキャンプサイトが見え始めて暫くすると,左手に世界第2の高峰K2(8,611m)が姿を見せ始める。この頃にはようやく下痢も止まり,食欲も少し出て来る。昼前にキャンプサイトに到着すると地面に座り込んで暫くの間K2を眺める。「わー,デッカイ!!!」。K2まで直線距離は約15kmだが,想像以上の大きさだ。雲ひとつ無いので稜線もはっきりと見える。午後2時頃にトレッキング仲間達が到着する。皆さん感激の面持ちだ。これまでのお互いの健闘を称え握手を交わす。カメラと3脚を携えて,キャンプサイトから少し離れた小高い丘へ。ここからはエンジェルピーク(Angel Peak 6,857m)を従えたK2を望める。エンジェルピークをお伴にした方がやはり絵になる。「あ〜〜〜,あと30才若かったらな〜〜」と三度(みたび)溜息まじりの呟き。視線を右に移すと,ガッシャーブルムⅣ峰がさらに大きく見える。視線を更に右に移すと,バルトロカンリ(Baltro Kangri 7,274m),スノードーム(Snow Dome 7,150m),チョゴリザ(Chogolisa 7,665m)など世界を代表する名峰達がそれぞれ個性的な山容を見せてくれる。まさにこの地は名峰の宝庫である。午後6時を過ぎるAbendrotに山々が染まる。特にガッシャーブルムⅣ峰の岩壁が真っ赤に燃えて美しい。写真集に見る姿そのものだ。Abendrotに染まったバルトロカンリの上には満月があり,一幅の絵になる。体調も良いので夕食に稲荷寿司3個を口にする。夕食後テントにもぐって夜空を見上げたが,満月のため天の川はボンヤリとしか見えない。だが北極星がK2の真上に見えるではないか!「明日は3脚を立てて,北極星が瞬くK2を撮ろう。」とシュラーフの中で作戦を練りながら眠りにつく。SpO2:89%

 
(写真15:ムスターグタワー)(写真16:ミトレピーク)
(写真17:K2とエンジェルピーク)
(写真18:ブロードピーク)

(写真19:夕映えに染まるK2)(写真20:夕映えに染まるガッシャーブルムⅣ峰)

(写真21:バルトロカンリと満月)(写真22:夕映えに染まるチョゴリザ)

【7月14日】(晴れ)コンコルディア滞在

 起床:午前6時 朝食:午前7時 
標高4,650mなので,朝方は流石に冷え込む。起床時に頂くお湯もいつもよりぬるく感じる。下痢も治まり食中毒は治癒したようだ。今回のツアーは「K2の雄姿を自分の目で見たい」が第1目標だが,「カラコルムをこよなく愛した先輩 故市橋征夫氏の慰霊をしたい」が第2目標だ。千賀ちゃんから以前,「夫は亡くなる前にもう一度カラコルムに行ってみたいと話していた。」と聞いていたので「K2のよく見える所に征夫さんの写真を埋めて上げよう。」と約束していた。慰霊の行事は自分だけでと思っていたが,本多氏より「トレッキング仲間全員で,慰霊祭をしよう。」との提案があった。満場一致で昼食後に仲間全員で慰霊祭を行う事になった。急遽,慰霊の文を作る。朝食後全員揃って散策がてら写真撮影に出かける。昨日より雲が出ているが,雲を纏ったカラコルムの山々もまた絵になる。今日はとりわけチョゴリザの雪襞が美しい。昼食後,全員揃ってK2とエンジェルピークがよく見える小高い丘に向う。小岩を祭壇にして写真を置き,征夫さん好物のウイスキーを供える。最初にK2に届けとばかりに大きな声で慰霊の辞を読み上げた。

   慰霊の辞
市橋征夫さん、長い長い道程(みちのり)でしたがカラコルムの核心部である、ここコンコルディアに漸くやって参りました。貴方が亡くなられる前に『もう一度行ってみたい。』と言われていたカラコルムにやって来ました。ここからはK2がエンジェルピークを伴って本当によく見えます。ガッシャーブルムⅣ峰・Ⅴ峰、さらにはブロードピーク、チョゴリザ、スノードーム、バルトロカンリ、ミトレピークなど世界を代表する名峰が見えます。ここに立って周りを見渡しますと、あなたがカラコルムを愛した理由が良く解りました。ここコンコルディアの地に、千賀ちゃんより預かって参りましたあなたの在りし日の写真を埋めます。この地でカラコルム三昧の日々を楽しまれて下さい。そしてこれからも下関山岳会の仲間と、ここまで一緒にトレッキングしてきた仲間もお見守り下さい。どうぞ安らかにお眠り下さい。 平成23年7月14日      下関山岳会  松原 信行」

 般若心経を読経する中,全員で焼香。焼香後,写真をビニールに包み岩の下に埋め,石を積み上げてケルンを組む。その上にウイスキーをかけてあげた。慰霊祭を終え,「これで今回のツアーの目的が全て果たせた。」と思った。夕食を終えると外は闇に包まれていた。昨夜と同じようにK2の真上に北極星が燦めいている。
影の準備をするが3脚の調子が悪い。林氏が良い写真が撮れたそうなので,この写真を頂く。
SpO2:81%〜85%

(写真23:市橋さんの慰霊祭)(写真24:北極星とK2:林氏撮影)

【7月15日】(小雨)コンコルディア滞在

 起床:午前6時 朝食:午前7時
今日は小雨で肌寒い。カラコルムの山々には雲がかかって殆ど姿を現さない。このような日は洗濯も出来ないし,外に散歩に出る気にもなれず退屈である。トレッキング仲間とインスタントコーヒーや紅茶を飲みながら,終日過ごす。軽い高山病なのか,はたまた水分の摂りすぎのせいなのか,或いはアルコールの禁断症状なのか,自分でも分かる位に顔が浮腫んでいる。仲間全員の顔が程度の差はあれ浮腫んでいるので,軽い高山病なのかも知れない。我々のキャンプサイトの隣に「Keep Kand Baltoro Clean Expedition」と幕の張られたテントがある。訊くとゴミや屎尿の清掃隊のキャンプサイトとの事。この地にもゴミが所々散乱しており,世界遺産になっても良いような景観の地だけに残念でならない。SpO2:81%〜82%

【7月16日】(小雨時々曇り)コンコルディア→ゴレⅠ(標高4,100m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午後3時10分
夜半の雪は止んでいたが,地面にはうっすらと雪が残っていた。時折小雨が降るので,雨具を着て下山を開始する。時々後ろを振り返り,カラコルムの山々に別れを告げる。生涯もう見られないかも知れないと思うと,立ち止まる時間が段々と長くなる。この日はゴレⅠに辿り着くまで小雨が降り続いた。
SpO2:82%〜85%(SpO2の測定は本日で終了となる。)

【7月17日】(曇り)ゴレⅠ→コボルツェ(標高3,940m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午後3時30分
お天気は少しずつ回復に向かう。コボルツェに着くと薄日も差して来たので,この夜はラマダン15日前の儀式があり,ポーターさん達が松明をかざして歌や踊りがあった。ウルドゥカスで行われたイスマイリー派のお祭りと同様に幻想的である。 

(写真25:コボルツェでのお祭り)

7月18日】(曇り時々晴れ)コボルツェ→パイユ(標高3,450m)

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午後1時37分
この朝,第5のアクシデントが発生する。朝食時,本多さんが下痢を訴える。本多さん曰く「昨夜祭りで出された御菓子が原因かも知れない・・・・」。下痢はそれ程酷くないようだし嘔吐もないので,整腸剤を1日分あげて,今日1日固形物は摂らないにとお話しする。荷を軽くするために水1Lを持ってあげる。往路では雲がかかってあまり見えなかったウリビアホー(Uli Biaho 6,417m)やパイユピーク
Paiyu Peak 6,610m)が少し雲が懸かってはいるが姿を現す。
夕食に山羊のrib
燻製が出されたが,流石にこれには手を出さなかった。

(写真26:パイユピーク)

【7月19日】(曇り時々晴れ)パイユ→ジョラ(標高3,350m)

 起床:午前4時 朝食:午前5時 出発;午前6時 到着:午後14時10分
またまた食中毒が発生する,第6のアクシデントだ。大野さんが昨夜より嘔吐と下痢があるとの事。顔色が悪いので今日1日固形物の摂取を止める事と,白馬に乗ってコボルツェまで行くように説得する。整腸剤を1日分を差し上げる。この日もお天気が良いのでジョラのキャンプサイトに着くと早速,洗濯やシュラーフ干しに精を出す。大野さんは夕食までテントの中で横になって休んでいたためか,夕食時には顔色も食欲も回復してきた。

【7月20日】(晴れ時々曇り)ジョラ→アスコーリ(標高3,000m)

 起床:午前4時 朝食:午前5時 出発;午前6時 到着:午後1時10分
大野さんの食中毒も治り,アスコーリに向けて全員でのトレッキングとなる。今日が最後のトレッキングである。1歩1歩パキスタンの地を確かめるように歩を進める。ホットする気持ちと少し淋しい気持ちが交錯する。田園地帯が見えて1時間程歩くと懐かしいアスコーリの村に到着する。これで往復160km余りに亘るバルトロ氷河のトレッキングが終わった。村の子供達が我々の姿を見つけるとボールペンをせがむが,持ち合わせは1本しかないのであげる訳にはいかない。ここでポーターさん達とお別れである。全員で集合写真を撮り別れを惜しむ。その後彼らは手当を受け取り,トラックの荷台に全員が乗り込んで(日本では違反?)家族が待つ家に戻って行った。夕食時の話題はコンコルディアでのK2の雄姿,スカルドゥのお天気(イスラマバードまで飛行機が飛ぶ?),お土産,日本に戻ったら最初に何を食べるか,スカルドゥでのお酒(もう2週間飲んでいない)などだったが,急に「アルコールであれば何でもいいから飲みた〜〜〜い!」と言う気持ちになる。どうやら娑婆ッ気が戻って来たようだ。

【7月21日】(晴れ)アスコーリ→スカルドゥ

 起床:午前5時 朝食:午前6時 出発;午前7時 到着:午後3時10分
再び4台の4輪駆動車に分乗してスカルドゥへ向かう。4台ともかなり年数の経った車であったが,我々の乗った車は整備不良なのか,ラジエターホースに穴が空いたようで,度々オーバーヒートしエンストを起こす。乗っていてヒヤヒヤする。運転手に整備不良の文句を言いたいのだがブロークンな英語しか喋れず,怒りの持って行きようがない。それでも予定を2時間程遅れてスカルドゥに到着する。やれやれ・・・・・夕食時にボトルに半分位残っていたウイスキーを,飲み助で分け合う。久しぶりのアルコールに目尻が下がる。アルコールのまわりが早い。

【7月22日】(晴れ)スカルドゥ→チラス

 起床:午前6時 朝食:午前7時 出発;午前10時 
今日はいよいよイスラマバードへ戻れると思うと,心がウキウキする。(正しくは「イスラマバードでビールが飲めると思う」なのだが)荷物を纏めて空港に向かう。「今日は天気が良いから飛行機は絶対飛ぶぞ!」とツアー仲間は全員,口には出さなかったが確信していた。空港でチェックインを済ませて搭乗を待つ。しかし,待てど暮らせどイスラマバードから飛行機がやって来ない。その内アナウンスがあり,視界不良で飛行機はイスラマバードへ戻ったとの事。全員大きな溜息をついて,スゴスゴと小型バスに乗り込む。陸路でイスラマバードまで行かねばならない。今日はチラスまでの移動だ。穴ポコだらけの国道をスピード出して小型バスは車を追い抜いて行く。チラスのホテルに到着したのは日付が変わる頃であった。

7月23日】(晴れ)チラス→イスラマバード

 起床:午前5時 朝食:午前5時30分 出発;午前6時 
寝不足で欠伸をしながらバスに乗り込む。小型バスはイスラマバードを目指してカラコルムハイウエーを猛スピード走る。カラコルムハイウエーと言っても砂利道や穴ポコだらけの国道だ。チラスからイスラマバードまでは遠い。イスラマバードに到着したのは午後11時を廻っていた。この日は楽しみにしていた「ビール」も口にせずベッドに横になる。スカルドゥからイスラマバードまで計30時間近くかかったことになる。空路では1時間ですむので,空路と陸路では正に「天と地ほどの差がある」。

7月24日】(雨のち晴れ)イスラマバード

 起床:午前7時 朝食:午前8時 
午前中はホテルで自由に過ごす。朝食後,親戚や友人,知人にスカルドゥで買っていた絵葉書にツアーの思い出を書く。昼食を済ませて全員揃ってイスラマバード市内観光とお土産の買い物に出かける。シャーファイサルモスクは世界で1,2の大きさを誇るモスクだ。白い大理石で出来たモスクは美しい。ダマネコー展望台からはイスラマバード市内が一望出来る。イスラマバードは新しい街なので,高層ビルはない。珍しく緑豊かな首都だ。観光を済ましラワルピンジーのバザールで買い物をする。バザールは沢山の店があり,人混みをかき分けけながら品定めをして廻った。活気のあるバザールだ。マンゴー数個を買い求める。生の果物は日本への持ち込みは本来出来ないのだが,登山靴などに忍ばせてザックに詰める。午後22時40分,ほぼ定刻通りに飛行機はイスラマバード空港を離陸する。いよいよ帰国だ。

(写真27:イスラマバード市遠望)
(写真28:ラワルピンジーのバザール)

7月25日】(晴れ)成田空港
1時間遅れで飛行機は到着する。何事もなく税関を通過。到着口でツアーリーダーの堤氏より挨拶があり。全員で三本締めで有終の美とした。仲間と健闘を称え,握手をして再会を誓う。アクシデントやハプニングが色々あったが,良い仲間に恵まれ生涯思い出に残るトレッキングツアーであった。